ひとまず安心…(泣)><

12日の土曜日の夜、本当は自宅に10人の来客を予定していたのですが。

地震の翌日でみんな疲れているだろうし、
昨日の今日で、ちょっとまだパーティーの気分じゃない。
それに、交通機関もまだ平常どおりではないし、
近所のスーパーは空っぽでパーティーの準備もできない。
とりあえず今回は延期にしましょう、ということになりました。

お昼前くらいにみんなにメールでお知らせを出すと、
昨日は5時間かけて夜中に歩いて帰宅しました、とか
会社に泊まって今朝帰ってきました、とか
職場で急病人が出て病院に付き添っていました、とか
それぞれに大変な1日だったことがその返信で伝わってきました。

東北地方の惨状に比べたら、東京はまったく無事です。
Japan Earthquakeという見出しで世界中のトップニュースになっているため、
大丈夫!?無事!?という連絡を海外の友人たちからいただきますが、
東京は今のところ大丈夫です。

それでも、金曜日のことはいまだに夢を見ていたような気がします。
職場のあるビルの10階は、信じられないくらい揺れました。
机の下にもぐったら、縦と横の両方向に振り回されるような揺れで体が浮いて、
どこかにつかまっていないと吹っ飛んでしまいそうでした。
座っていた椅子が遠くに転がって行き、棚の上のものが全部落ちてきました。

揺れが収まっても、とっさに何をしたらいいのかわかりません。
建物から出るべき?出ないべき?何を持って出る?誰に連絡する?
おろおろしているうちにまた大きな余震が来て、また机の下にもぐり、
その後も揺れたり止まったり、揺れたり止まったり、のくり返し。
船に乗っているようでそのうちに気分が悪くなってしまいました。

高層ビルの中にいれば安全だと言われていますが、
不気味な音をたてて揺れ続けるあの10階のフロアにずっといたいとは
どうしても思えず、結局、徒歩で1時間弱の距離にある実家に歩いて帰りました。

相方は家の近所で、翌日のパーティーのためのお肉とお酒類を買い込み、
ちょうど外に出たところだったそうです。
相方のお兄さんが帰宅できなくなり、家に泊まってもらいました。

妹は勤め先から4時間半くらいかけて歩いて帰ってきました。
(妹の家は実家の隣りにあります)
義弟は出張先の大阪からその日は戻って来られませんでした。
父は会社で待機し、地下鉄の運行再開とともにいつもの倍以上時間をかけて
夜中に帰宅しました。
姪っ子ののちゃんの保育園では前日に避難訓練があったばかりで、
母が妹の代わりにお迎えに行くとみんなで元気に集合していたそうです。

義弟の実家が仙台で、心配しましたが一応無事のようです。
ただ、電気や水道が止まっているのではないかと思います。
連絡もまだつきにくい状態です。

そんなこんなで非常事態ながらも比較的運の良いほうだったことは確かで、
テレビで報道される悲劇に目を疑い、胸を痛めながらも、
まずは自分のまわりがみんな無事でよかったとのんきに思っていたのです。
ひとつだけ、心底ひやっとする情報をもらうまでは。

土曜日のパーティーに来てくれる予定だった友達のひとりが、
出張で岩手に行っていて、連絡がとれない、というのです。
岩手のどの辺りにいるのか正確にはわからず、仕事柄このへんじゃないか、と
目星をつけてネット検索すると、もうまさに海岸の近くで…。
行方不明者の数も不明、というような最悪の地域で…。
いやいやいや、そんなわけない大丈夫大丈夫、という根拠のない思い込みで、
それ以上考えるのをやめてしまいました。

被害の大きかった地域に連絡のとれない身内がいる方々の気持ちが、
初めて、少しだけわかった気がしました。

数時間後、その友達からメールがあり、
出張先の工場が潰れかけたこと、ホテルのロビーに避難していること、
早く帰ってサルサを踊りに行きたいこと、を知らせてきました。
よかったぁ…。
本当によかったです。本当に(泣)。
今、連絡のとれない人たちのひとりでも多くの方が無事でありますように!

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by hadleywood | 2011-03-13 14:11 | 日常 | Comments(0)

海外暮らし10年、訪れた国30ヶ国、紆余曲折を経て、語学学校(WLA)の経営と外資系企業の法務部勤務をこなす日々☆旅行、美味しいもの、日々のいろいろ、ラテン音楽・サルサなどなど☆


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